20年目の覚醒 第一話

皆さま、大変ご無沙汰をしております。
長らく更新が滞ってしまいました…。

遡ることおよそ7か月前、2019年9月5日に『N.S.PRO 950GH neo』という商品を発売しました。

そんな大きな商材の準備などなど、その他もろもろ・・・更新停滞の言い訳は、すればキリがありません。

ということで本題に入ります。

1999年、今から21年前に『N.S.PRO 950GH』を世に送り出した日本シャフト。

当時、世の中のゴルファーのトレンドは「ブラックシャフト」。
今はカーボンシャフトという呼び名が一般的ですが、当時はカーボンの素材の見た目から、ブラックシャフトという呼び名がありました。
その頃はカーボンという素材そのものが珍しく、私の父親もそう呼んでいました。もしかしたらその呼び名の方が一般的だったのかもしれません。

スチールシャフト全盛の時を経て、なんだか見たことのない真っ黒な見た目で、でも軽く振り抜けて高く、遠くへボールが飛んでいく。
「ブラックシャフト」という呼び名の方が、なにやらミステリアスで響きが格好良いですね。

そのブラックシャフト(カーボンシャフト)。初めてゴルフクラブに使用されたのは1970年代と言われています。

それが徐々にゴルファーの間で広まり、日本人スーパースター選手が使用したことで認知度が爆発的に拡大。

日本のアマチュアゴルファーがこぞって「ブラックシャフト」を使用する様になった時代でした。

それでダメージを受けたのは、日本シャフトだけではありません。
今でこそブランド名やメーカー名のあるスチールシャフトメーカーは世界でも数社だけですが、その昔はもっと多くのスチールシャフトメーカーが存在していました。

それが今や数えるほど・・・。

「リシャフト」という文化が根付く、そのずっと前からシャフトの世界での「シャフト戦争」は起きていたのです。

「ブラックシャフト」の台頭によって大打撃を受けた日本シャフト

総合シャフトメーカーとして、既にカーボンシャフトの生産も行っていました。
その中には、一世を風靡した有名ブランドのシャフトもありました。お伝え出来ないのが悔やまれるほど…。

一見すればダメージなんてなさそうな日本シャフトですが、元々は「ばね」の技術を生かせないかという考え方のもとで誕生した会社。
スチールシャフトにはこだわりがありました。生産数量も莫大な量を保っていました。
それがほぼゼロに近くなる。その瞬間を目の当たりにすることは、恐怖と言っても良いのかもしれません。

〝それならば、ブラックシャフト(カーボンシャフト)のようにやさしく打つことの出来るスチールシャフトを作ろうではないか。〟

当時の社長の号令のもとで、ブラックシャフトのようにやさしく打て、なおかつスチールシャフトの良さも兼ね備えたアイアン用シャフトの開発に着手しました。

それが、N.S.PRO 950GH』誕生の始まりです。

売れるかどうか解らない中、「100gを切る」ことを目指して出来上がった開発初号機。
その当時(1998年ごろ)は、スチールシャフトと言えば120g超のいわゆるレギュラーウェイトがスタンダード。
100gを切る重量を目指しながら、それでも基準は120g超のレギュラーウェイトがベンチマーク。

「スチールシャフトの硬さはこうでないといけない」

これにこだわり過ぎたあまり、開発初号機の出来栄えはなんとも不恰好なシャフト形状で、強度的にも不安のあるものでした。

初号機に対してのプロゴルファーや御取引先様の第一印象は・・・「いくら軽くたってこんな不格好なものゴルフシャフトとは言えないでしょう」。そんな一言でした。

ここで、総合シャフトメーカーとしての知見、そしてプライドが発揮されることに。

今までのスチールシャフトの概念に捉われず、カーボンシャフトの設計思想を応用し、スリムな形状でしなやかにしなり、さらに軽さと強度を兼ね備えた超軽量(当時の基準)スチールシャフトを誕生させたのです。

言うは易し、有むは難し。

その当時は、シャフト剛性分布という概念もありません。
N.S.PRO MODUS³シリーズ』で培ったMSAテクノロジーも、まだまだほんの序の口。
試行錯誤を繰り返し、形状と重量、フレックスなど様々な要素を繰り返し繰り返し練った上で、人の手で試打をして、ようやく形になったのが『N.S.PRO 950GH』です。

まさに、気合と根性の賜物と言っても過言ではありません。

その軽さとしなやかさから産み出されるボールの軌跡は、今までのスチールシャフトの印象を圧倒的なまでに覆す衝撃的な高弾道・飛距離性能を持ったものでした。
それでいて、スチールシャフトならではのねじれの少なさで、打ち負けず、多少の悪ライをもものともしない安定性を誇っていました。

瞬く間にゴルファーの間に浸透し、それから20年間もの長い年月に亘って、世界中の多くのゴルファーに愛され続けてきました。

第二話に続きます。⛳




日本シャフトHP:https://nipponshaft.co.jp/